最近の研究
サイトカインは、T・Bリンパ球、マクロファージ、樹状細胞などの免疫機構を担当している細胞間の情報伝達を担い、微量で強い生理活性を示す蛋白質です。サイトカインは、これらの免疫担当細胞を活性化あるいは抑制するネットワークを形成し、癌細胞のような標的細胞を攻撃したり、造血幹細胞を分化・増殖させたりなど様々な作用を有しています。本研究室では、このようなサイトカインの免疫制御における役割や作用機序、産生機構、新規サイトカインや新規機能の同定などを試みています。主に、ヘルパーT(Th)細胞の分化やエフェクター機能の誘導と制御に重要なサイトカインであるIL-6/IL-12ヘテロダイマーサイトカインファミリー(IL-12、IL-23、IL-27、IL-35、IL39など)に注目し、これらのサイトカインを欠損させたマウスや高発現させたトランスジェニックマウス、特異的抗体、精製組換え蛋白などを用い、さらに、自己免疫疾患・感染症・癌・アレルギーなどの種々のマウス疾患モデルと組み合わせて、「再生・がん・免疫」におけるこれらのサイトカインの生理的条件下および病態形成における役割や、治療応用の可能性について検討を行っています。
1.再生
我々は、IL-27が造血幹細胞に直接作用する数少ないサイトカインの一つであることを見出して以来(Seita et al. Blood2008)、IL-27が造血幹細胞からミエロイド系前駆細胞の分化・増殖を幹細胞因子と共に強力に誘導することを明らかにしてきた(Chiba et al. Cell. Mol. Life Sci. 2017)。最近、赤内型マラリア感染のモデルマウスを用いて、感染によって産生誘導されたIFN-γを介して骨髄や脾臓でIL-27発現が増強され、このIL-27が骨髄で造血幹細胞に作用し、感染初期の防御に重要な好中球などのミエロイド系細胞の産生(Emergency myelopoiesis)を増強することを明らかにした(Furusawa et al. PLoS Pathogen. 2016)。また、これまでに、IL-27が強い抗腫瘍効果を有していることを報告してきたが、IL-27が骨髄造血幹細胞に作用し、M1型マクロファージへの分化増殖を促進することにより抗腫瘍効果を示すという新しい作用機序を明らかにした(Chiba et al. Cancer Res. 2018)。さらに、細胞外マトリックスのレセプターとして、細胞接着に重要な細胞接着分子であるインテグリンαVβ3の新しい役割も明らかにした。通常、αVβ3は骨髄の造血幹細胞の維持に重要な役割を担っているが、炎症時には、IFN-γによるSTAT1の727番目のセリン残基のリン酸化を増強し、IFN-γによる造血幹細胞の抑制効果をさらに促進するというその状況に依存した機能を示すことを明らかにした(Umemoto et al. EMBO J. 2017)。
近年、免疫抑制作用や組織修復作用を有する間葉系幹細胞(MSC)を用いた細胞療法が、移植片対宿主病(GVHD)に対する再生医療として認可されて、注目されている。そこで、ヒト骨髄や臍帯血由来MSCを用いて、その免疫抑制活性の作用機序について調べたところ、これらのMSCがIL-27やIL-35を発現し、さらに炎症性サイトカイン刺激で、これらのサイトカインの発現が増強され、免疫抑制活性を示す可能性が示唆され、検討を行っている。
2.がん
我々は、IL-27の抗腫瘍効果を最初に報告して以来(Hisada et al. Cancer Res. 2004)、IL-27が種々のタイプのマウスおよびヒト腫瘍モデルに対して、腫瘍の性質により複数の作用機序により強い抗腫瘍効果を示すが、副作用は殆ど見られないことを明らかにしてきた(Orii et al. Oncoimmunology. 2018)。一般的に、担癌状態では、腫瘍内にM2型マクロファージや骨髄由来抑制細胞(MDSC)などの免疫抑制性のミエロイド系細胞の浸潤が多い。ところが、IL-27を強制発現した腫瘍を移植すると、腫瘍が小さいにも関わらず浸潤している細胞数が多く、その中でもCD11+ミエロイド系細胞が多かった。そこで、IL-27が抗腫瘍効果を発揮する際のこのミエロイド系細胞の役割を検討した(Chiba et al. Cancer Res. 2018)。まず、この細胞のin vitroでの免疫抑制活性の測定やin vivoでの抗体投与による除去の効果、親腫瘍と混ぜてマウスに投与する実験などにより、この細胞は、免疫抑制活性が低く、むしろ、腫瘍増殖を抑制する作用を有することがわかった。そして、この細胞は、M1型のマクロファージのフェノタイプを発現しており、腫瘍を一酸化窒素依存的に殺す作用を有していた。さらに、担癌状態でIL-27が骨髄造血幹細胞に直接作用し、この抗腫瘍作用を有するM1型マクロファージへの分化能が高いミエロイド系前駆細胞の分化増殖を増強することが明らかになった。さらに、最近、造血系腫瘍である慢性骨髄性白血病のマウスモデルを用いて、IL-27の癌幹細胞への作用について検討を行っている。
3.免疫
最近、IL-27とIL-35に共通なサブユニットEBI3が、サイトカインとしてではなく、細胞内因子として標的蛋白質の蛋白質レベルでの発現を増強する作用を有していることを見出した(Mizoguchi et al. Manuscript in preparation)。まず、炎症性腸疾患などの炎症性疾患や自己免疫性疾患の発症に重要なIL-23のレセプター(R)のサブユニットの一つIL-23Rαの蛋白質レベルでの発現がEBI3欠損マウス由来の細胞では低く、この原因が、蛋白質合成の際、小胞体でのプロテアソームでの分解亢進によるものであった。次に、再構成系を用いた検討より、EBI3が、IL-23Rαのみならず、蛋白質の高次構造形成を誘導する分子シャペロンの一つカルネキシンに結合し、CRISPR/Cas9によりカルネキシン発現を消失した細胞を用いた検討より、EBI3 によるIL-23Rα発現増強にはカルネキシンが必須であった。さらに、興味深いことに、IL-23Rαの蛋白質レベルでの発現低下によりヒト炎症性腸疾患発症に抵抗性を示すIL-23Rα G149R変異体は、EBI3への結合能が低下していた。EBI3の発現は、主に刺激を受けた時に誘導されるため、この結果は、定常状態ではカルネキシンが重要であるが、炎症時には、新たにEBI3発現が誘導され、カルネキシンと共に標的分子の発現を増強するという新しい機構を提案する結果である。現在、この機構を一般化するため、他の標的分子の探索も行っている。
4.その他
近年、動物実験を用い3Rsの世界的な潮流により、医薬品等の安全性評価に関するin vitro試験代替法の開発が産業界のみならず社会的にも急務とされている。現在、いくつもの代替法が開発されているが、いずれも、単独では、従来の動物を用いる試験法を代替することは不可能とされている。これは、感作性の有害性発現経路(AOP)のKey event 1〜3に相当する初期の機序を反映した方法であるため、生体内でのアレルギー発症により近いKey event 4のT細胞の活性化や分化誘導を指標にした方が、より確度は高いと考えられる。さらに、安全管理上の危機管理システムのレベルが大きく違うにも関わらず、皮膚感作性と呼吸器感作性が識別可能な代替法は、未だに報告されていない。そこで、昨年、我々は、ヒト気道上皮を模倣した新しい3次元DC共培養系を構築し、代表的な皮膚および呼吸器感作性化学物質を用いて、DCのTh2分化に重要な共刺激分子OX40Lの発現増強を指標に、両者の感作性化学物資の識別が可能な代替法を開発した(Mizoguchi et al. Front. Immunol. 2017)。今年は、さらに、そこへCD4+T細胞も加えた新規3次元DC/T共培養系を開発し、感作性AOPのKey event 4のT細胞の活性化やエフェクターTh(Th1/Th2/Th17)への分化誘導を指標に、感作性やアレルギー誘発性を評価する代替法の開発を検討している。
サイトカイン研究
免疫とサイトカイン
人間には、外から侵入した細菌やウイルスといった“異物”である敵に対してそれを排除し生体を守る生体防御機構、すなわち『免疫』があります。一方、自分の組織などの“自己”である味方に対して反応したり(自己免疫)、花粉や食べ物にまで過敏に反応してしまう(アレルギー)のも『免疫』です。このような免疫機構を担当している細胞には、Tリンパ球、Bリンパ球、マクロファージ、樹状細胞などがありますが、これらの細胞間の情報伝達を担っているのが、サイトカインと呼ばれる微量で強い生理活性を示す蛋白分子です。サイトカインは、ネットワークを形成し、互いに制御し合い、免疫担当細胞を活性化したり、時には抑制的に働いたり、さらに、癌細胞のような標的細胞を直接攻撃したりする様々な作用を有しています。現在、サイトカインのみならず、サイトカインに対する抗体が治療薬として盛んに検討されており、抗体医薬は目覚ましい発展を遂げています。
免日本人の研究者によるサイトカイン研究
日本人の研究者によるサイトカイン研究は、ウイルス抑制因子(インターフェロン)発見の長野泰一先生・小島保彦先生、IFN-α/β同定の長田重一先生・谷口維紹先生、IL-2の谷口維紹先生、G-CSFの長田重一先生、DNAX研究所設立の新井賢一先生、IL-4の本庶佑先生、IL-5の高津聖志先生、IL-6の岸本忠三先生・平野俊夫先生、IL-8の松島綱治先生、そしてIL-18の岡村春樹先生・中西憲司先生らと、数多くの著名な先生がサイトカインの発見や同定、クローニングに貢献しています。
免疫学におけるサイトカイン研究のブレークスルー
1986年に、MossmanとCoffmanが抗原刺激を受けたヘルパーT細胞が産生するサイトカインの種類により、INF-γを産生し細胞性免疫反応の誘導に重要なTh1細胞と、IL-4やIL-5、IL-13を産生し液性免疫反応の誘導に重要なTh2細胞に大きく分かれることを見い出し、その後獲得免疫反応をTh1反応とTh2反応のバランスで考えるようになりました。そして1992年にTrincheriやGatelyによりIL-12 (p40/p35)が同定され、Kenneth MurphyやGlimcherによりIL-12がTh1分化誘導に重要なサイトカインであり、そのマスターレギュレーターはT-betであることが見い出されました。その後、IL-12のp40に対する中和抗体や欠損マウスを用いた解析により、IL-12がが実験的自己免疫性脳脊髄炎 (EAE )などの自己免疫性疾患の誘導に重要である報告がされました。ところが、DNAXのKasteleinらにより2000年にIL-12のp40を共有する新しいサイトカインIL-23 (p40/p19)が同定され、2003年にCuaらによりp19欠損マウスが作られ、p35欠損マウスとの比較により、EAEの発症にはIL-12ではなくIL-23が重要であることが明らかになりました。この発見が大きなブレークスルーとなり、IL-23が炎症性のサイトカインIL-17産生を増強し自己免疫性の炎症反応を誘導していることが明らかになり、CuaやKuchroo、Stockinger、WeaverらによりこのIL-17を産生する新しい細胞集団がTh17細胞と呼ばれるようになりました。そして、Dan LittmanとCuaらによりこのTh17分化のマスターレギュレーターはRogγtであることが報告されました。現在、Th17細胞の分化誘導には、TGF-βとIL-6が重要で、IL-23はTh17細胞の増殖と病原性の維持に重要であると考えられています。2002年には、Kasteleinらにより新しいサイトカインIL-27 (EBI3/p28)が同定され、このサイトカインは初期のTh1分化を誘導するのみならず、後期のTh1分化やTh2、Th17分化を抑制することが明らかになってきています。2007年には、このEBI3とIL-12のp35が会合した新しいサイトカインIL-35 (EBI3/p35)がVignaliらにより同定され、制御性T(Treg)細胞の免疫抑制作用を担っているだけでなく、IL-35を産生するTreg (iTr35)細胞を分化誘導することも明らかにされました。実は、EBI3とp35が会合することは1997年にEBI3を同定したDevergneらにより報告されましたたが、当時はその機能の同定までには至りませんでした。
自然リンパ球
最近、自然免疫系において獲得免疫系のTh細胞に対応したサイトカイン産生パターンを示す自然リンパ球の存在が明らかになってきました。Th細胞の場合のサイトカイン産生を誘導する刺激は抗原刺激ですが、自然リンパ球の場合はサイトカイン刺激です。古くから知られているIL-12とIL-18で強くIFN-γを産生するナチュラルキラー(NK)細胞(ILC1)の他に、IL-25やIL-33で刺激するとIL-4やIL-5、IL-13を産生するナチュラルヘルパー(NH)細胞(ILC2)や、IL-23で刺激するとIL-17やIL-22を産生するILC3細胞などが存在することがわかってきました。
当研究室での研究
当研究室では、このようなサイトカインの免疫制御における役割や作用機序、産生機構について研究するのみならず、新規サイトカインや新規機能の同定も試みています。主に、標的遺伝子を欠損させた遺伝子欠損マウスや高発現させたトランスジェニックマウス、特異的抗体、精製組換え蛋白などを用い、さらに、自己免疫疾患・感染症・癌・アレルギーなどの種々のマウス疾患モデルと組み合わせて、生理的条件下および病態形成における役割や治療応用の可能性 について検討を行っています。
L-6/IL-12ファミリーサイトカイン
サイトカインの中で、我々が注目しているのは、IL-6/IL-12ファミリーサイトカインです。このファミリーのサイトカインは、他のサイトカインとは異なり、サイトカイン自身が2つのサブユニットからなるヘテロダイマーであり、主に抗原提示細胞である樹状細胞やマクロファージから産生され、Th細胞の分化誘導や機能発現の制御に重要な役割を担っています。
これまでの研究
当研究室では、これまでにIL-6/IL-12ファミリーサイトカインのIL-12、IL-23、IL-27、IL-35について、産生機構や機能発現の制御、シグナル伝達機構、生理的条件下や病態形成における役割を明らかにしてきました。
1. 新しいIL-6/IL-12ファミリーサイトカインと機能の同定
IL-6/IL-12ファミリーサイトカインのサブユニットの単独および他のサブユニットとの会合分子としての新しい機能の発現の可能性について検討を行っています。例えば、EBI3欠損T細胞は、免疫不全マウスにナイーブCD4陽性T細胞を移入して誘導する腸炎の発症が軽減することを見出し解析しています。さらに、腫瘍細胞内にEBI3を強制発現させると悪性度が増す結果を得ており、この時p28やp35発現は見られない。また、他のグループより、正常細胞に比べ腫瘍細胞でEBI3発現が高く、EBI3発現が高い癌患者ほど予後が悪い結果も報告されており、EBI3と腫瘍増殖との関連について解析しています。一方、p19のコンディショナル欠損マウスを作製し、新たなp19の役割も検討しています(免疫学講座・水口教授との共同研究)。
2. 生理的条件下および病態形成におけるIL-6/IL-12ファミリーサイトカインの役割と治療応用
以前よりIL-23やIL-27の種々の腫瘍に対する抗腫瘍効果やその作用機序に関して研究を行ってきています(HIsada et al. Cancer Res. 64, 1152-1156, 2004)。また、最近、我々はIL-27が抗腫瘍効果を示す際、マクロファージの浸潤が多く見られることに注目しています。以前に、IL-27が造血幹細胞やヒト臍帯血由来造血幹細胞に作用し、ミエロイド系細胞に分化誘導することを見出しました(Seita et al. Blood 111, 1903-1912, 2008)。そこで、IL-27によるこの造血幹細胞や前駆細胞の増殖・分化増強能力を用いた新しい抗腫瘍作用の解明や免疫細胞療法の確立を目指しています(外科学第三講座・土田先生との共同研究)。一方、IL-6/IL-12ファミリーサイトカインの精巣炎への影響も解析しています(人体構造学講座・伊藤教授との共同研究)。
3. 皮膚炎症の誘導におけるIL-6/IL-12ファミリーサイトカインの役割と治療応用
IL-6/IL-12ファミリーサイトカインやこれらのサイトカインにより産生誘導されるIL-22などのサイトカインの皮膚炎症誘導における役割を検討しています。マウス接触皮膚過敏症(CHS)や乾癬モデルなどのよる炎症誘導への役割を検討しています。
4. 慢性骨髄性白血病患者の免疫学的解析
慢性骨髄性白血病は、フィラデルフィア染色体と呼ばれる異常な染色体が生じることで、BCR-ABLという融合遺伝子が生成され、恒常的に増殖シグナルが入り白血病細胞が限りなく増殖していく病気です。今日では、このBCR-ABL遺伝子を標的にしたチロシンキナーゼ阻害剤イマチニブが開発され、9割近い患者に細胞遺伝学的完全寛解が認められるようになりましたが、いつまでイマチニブを飲み続けなければならないかが大きな問題となっています。我々は、残存白血病細胞を抑え込んでいるのは免疫監視機構であると考え、患者の末梢血単核球の各種リンパ球の細胞表面マーカーやサイトカインなどのエフェクター分子の細胞内染色などの解析を行っています。(内科学第一講座・大屋敷一馬教授と医総研・分子腫瘍部門・大屋敷純子教授との共同研究)。